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レース戦略ペース設計天候

雨と風の日のレース ─ 通過タイム表をどう書き換えるか

レース当日が雨や風だと分かったとき、多くの人が装備を調べます。それは正しくて、とくに冷たい雨の日は装備が安全に直結します。そのうえで見落とされやすいのが、ペースの決め方です。

そして風については、直感が外れやすい性質がひとつあります。向かい風で失った時間は、追い風では取り返せません。

この記事は、雨風の日に「走り方とペース計画をどう変えるか」に絞ります。ウェアや防寒などの持ち物はレース当日の持ち物チェックリストにまとめてあるので、そちらと合わせて読んでください。

先に結論

  • 風は風速の2乗で効く。風速が倍になると、空気抵抗に使うエネルギーは4倍になります
  • 落ち幅の目安は、向かい風4m/sで1kmあたり約16秒、6m/sで約28秒(5:00/km想定)。計算の前提と限界は下で全部開示しています
  • 向かい風の損は、追い風の得より大きい(風速2〜8m/sの範囲でおおむね2〜4倍)。往復コースでも周回コースでも、風の日はトータルで遅くなる前提で組みます
  • だから、イーブンで作った通過タイム表を当日追いかけない。風上区間は時計ではなく強度で走ります
  • 集団の価値は風の強さで決まる。無風なら戻るのは1〜3秒/kmですが、向かい風8m/sで0.9m後方につければ約30秒/km戻ります。距離も効き、3.65mまで離れると効果は半分以下になります
  • 雨そのものは速度より体温の問題です。ここは装備の領域なので持ち物チェックリスト
  • 中止・短縮の判断は自分でしない

風は「2乗」で効く

生理学者 L.G.C.E. Pugh が1971年に行った実験が、いまも基準になっています。風洞の中にトレッドミルを置き、一流ランナーが向かい風の中を走ったときの酸素摂取量を測ったものです。

分かったことが2つあります。

1つめ。空気抵抗に使われるエネルギーの割合は、速度で大きく変わります。 原著は「トラック走で中距離のスピードなら全エネルギーコストの7.5%、スプリントなら13%」としています。マラソンのスピード(原著は4.45m/s=約3:45/kmと定義)では、同じ論文が載せている酸素摂取量の実測から計算すると**約2.6%**です。遅く走るほど割合は下がります。

2つめ。空気抵抗のコストは、体に当たる風速の2乗に比例して増えます。 原著の言葉では「風に向かって走る・歩くとき、酸素摂取量は風速の2乗として増加した」。これが厄介です。

ただし注意が要ります。2乗で効くのは体に当たる風速であって、天気予報の風速ではありません。走っている限り、体は「自分の速度+向かい風」を受けています。5:00/kmで走る人にとって予報の風が2m/sから4m/sになっても、体に当たる風は5.3m/sから7.3m/sへ増えるだけなので、遅れは4倍ではなく2倍強にしかなりません。

「今日は少し風があるな」で済む日と、走り出して愕然とする日の差が急に開くのは、この2乗のせいです。風は線形に強くなるのに、負担は加速度的に増えていきます。

向かい風の損は、追い風では取り返せない

ここが直感と食い違うところです。

往復コースを走るとき、「行きは向かい風でも、帰りは追い風だから相殺される」と考えたくなります。相殺されません。 後述の計算では、向かい風で遅くなる量は同じ強さの追い風で速くなる量の1.6〜4.2倍でした(風速2〜8m/s、目標4:00〜6:00/kmの範囲)。風が弱いほど1倍に近づき、強くなるほど差が開きます。

理由は上の2乗則そのものです。向かい風では「走る速度+風速」が2乗されて効き、追い風では「走る速度−風速」になって効きが小さくなる。増える側と減る側が対称にならないので、往復すると必ずマイナスが残ります。

実務上、これは次のことを意味します。

  • 往復コースでも、周回コースでも、風の日の目標タイムは無風の日より遅くなると考えて組む
  • 「前半の向かい風区間で落ちた分を、後半の追い風区間で取り返す」という計画は成立しない
  • 取り返そうとすると、追い風区間でオーバーペースになり、残りを失います

だから、通過タイム表をどう使うか

ペース計算ツールが出す通過タイム表は、無風・イーブンペースの基準線です。風の日にそれを当日そのまま追いかけると、いちばん高くつく形になります。

代わりにこうします。

風上に向かう区間は、時計ではなく強度で走る。 ペースは落ちますが、それが正しい状態です。同じ心拍・同じ呼吸で走っていれば、体にかかっている負荷は落ちていません。時計だけを見て「遅れている」と判断すると、そこで無理をして後半を失います。

遅れを取り返そうとしない。 前の節のとおり、追い風区間は思ったほど戻りません。戻らない前提で走るほうが、終盤を残せます(本記事のモデルは瞬間の速度を解くだけで、レース全体の最適な出力配分まで解いたものではありません)。

表は捨てずに持っておく。 基準線があるからこそ「今日はどれくらい落ちているか」が分かります。落ち幅が分かれば、フィニッシュ予想も更新できます。捨てるのは表ではなく、表どおりに走るという前提のほうです。

大会の号砲時刻を入れた状態でツールを開くリンクは、各大会ガイドに置いてあります(金沢横浜富山つくば湘南国際東京)。

集団に入ると、何秒戻るか

原著にはもうひとつ、実用的な結果があります。他のランナーの1m後ろを走ると空気抵抗はほぼ消え、酸素摂取量が6.5%下がりました(中距離のスピードでの測定)。

ただしこれは理想的に真後ろへ入れたときの値です。実走で効く量は前走者との距離で決まります。Kyle が1979年に出した値では、0.9m後方で64%減、3.65m後方まで離れると28%減。数値流体解析を使った研究では、2人のペースメーカーの1m後方で33%減という結果もあります。

この低減率を同じモデルに入れて、「同じ出力で走ったとき何秒/km戻るか」を計算しました。

目標5:00/km単独の損0.9m後方(64%減)1m・2人の陰(33%減)3.65m後方(28%減)
無風±0秒3秒1秒1秒
向かい風4m/s+16秒13秒7秒6秒
向かい風6m/s+28秒20秒10秒9秒
向かい風8m/s+43秒30秒15秒13秒

読めることが3つあります。

1. 無風の日に集団へ入る価値は小さい。 戻るのは1〜3秒/kmです。フルなら1〜2分になるので無視はできませんが、位置取りに神経を使うほどの差ではありません。

2. 風が強いほど価値が跳ね上がる。 向かい風8m/sで0.9m後方に入れれば約30秒/km、単独の損43秒の7割を消せます。

3. 距離が効く。 同じ向かい風6m/sでも、0.9mで20秒、3.65mでは9秒。離れると効果は半分以下です。

ただし、この計算はKyleらの低減率を風速0〜8m/sで一定として当てはめたものです。低減率そのものは特定の条件(距離・隊形・相対風速)で測られた値なので、風速が変われば率も変わり得ます。「近いほど効く」「風が強いほど効く」という向きは信頼できますが、秒数は幅を持って読んでください。

現実には、近づくほど接触のリスクが上がり、前走者のペースが自分に合うとも限りません。風が弱い日は無理をせず、強い日は前に人を探す。それで十分です。

風速から、何秒/km遅くなるかを出す

この手の記事では「前提が多すぎるので数字は出せません」で終わることが多いのですが、それでは当日の判断に使えません。計算方法と限界を全部書いたうえで出します。

どう計算したか

  • モデル ─ 空気抵抗の力は、体に当たる風速(対地速度+向かい風速)の2乗に比例します。それに逆らう出力は「その力 × 対地速度」。追い風が走速度を上回ると空気は押す側に回るので、そこは符号を保って扱っています
  • 走ること自体の代謝出力は、速度に比例すると置きました(一定距離あたりのコストがほぼ一定、という近似)。ここを速度の0.8乗〜1.5乗に振っても、下の表は1〜2秒しか動きません
  • 較正 ─ 原著が載せているマラソン速度(4.45m/s)での実測、「無風で酸素摂取量3.0 l/min、風速18.5m/sで5.0 l/min」から、空気抵抗の係数を直接求めました
  • ランナーは無風のときと同じ出力を保つとして、対地速度がどこまで落ちるかを解いています
  • 風は真正面から受けるものとしています

較正が妥当かどうかは、独立に確かめられます。この係数から計算すると、7.75m/s(中距離のスピード)で7.5%、10.5m/s(スプリント)で13.0%となり、原著が別途書いている「中距離7.5%・スプリント13%」と一致します。1つの実測値から求めた係数が、論文中の他の2つの記載を再現するので、較正としては筋が通っています。

結果

目標ペース向かい風2m/s4m/s6m/s8m/s
4:00/km+6秒+14秒+25秒+37秒
5:00/km+7秒+16秒+28秒+43秒
6:00/km+7秒+18秒+31秒+49秒
7:00/km+7秒+19秒+35秒+54秒

読み取ってほしいのは秒数そのものよりオーダーです。風速2m/sなら1kmあたり数秒で、慌てる必要はありません。6m/sを超えると30秒前後になり、フルマラソンでは20分規模の差になります。「今日は少し風がある」で片付く日と、計画を組み替える日の境目がこのあたりです。

この表の限界

較正の幅。 係数を±30%動かすと、5:00/km・向かい風4m/sの答えは +16秒 に対して +11.5秒〜+20.4秒 に動きます。この幅は残ると思ってください。

予報の風速は、体が受ける風ではありません。 ここが実は最大の不確実性です。

  • 気象庁の「風速」は地上約10mでの10分間平均です。走っている胸の高さの風は、地表の摩擦・建物・並木・集団の影響でこれより弱くなるのが普通です。仮に予報の80%しか届かなければ、6m/sの損は28秒から20秒前後まで下がります
  • 逆に瞬間風速(3秒平均)は平均より強く出ます。2乗で効くので、平均風速を入れるだけでは突風のぶんを取りこぼします

入っていない要素。

  • 風向き ─ 真正面として計算しています。斜めや横からの風は「正面成分だけ」では済みません。横向きの成分も体に当たる風の大きさに入るため、純粋な横風でも前へ進む抵抗は増えます。斜めの日はこの表より悪くなる方向です
  • 体格 ─ 大柄なら前面面積は増えますが、出せる出力も体重とともに増えます。相似形なら面積は体重の2/3乗で増えるので、風の影響は重い人のほうがむしろ小さくなる計算になります。姿勢や体型で変わるので、断定はできません
  • ウェア ─ ばたつく素材と体に沿う素材では違います
  • 集団 ─ 前に人がいれば当てはまりません(前節のとおり)

だからこの表は「自分の秒数」ではなく「今日はどのオーダーの日か」を掴むために使ってください。掴んだら、あとは風上区間を時計ではなく強度で走ります。

計算式(表計算でも再現できます)

「前提を開示する」と書いた以上、式そのものを載せます。

同じ出力で走っているときの関係を、こう置きました。

P = c·v + k·(v + w)·|v + w|·v
  • v = 対地速度(m/s)、w = 向かい風(m/s/追い風なら負の値)
  • 第1項 c·v が走ること自体のコスト、第2項が空気抵抗のコスト
  • (v + w)·|v + w| としているのは2乗の符号を保つため(追い風が走速度を上回ると、空気は押す側に回ります)

係数は、原著のマラソン速度 v = 4.45 での実測から決めました。無風で3.0 l/min、風速18.5m/s で5.0 l/min なので、

(c + k×(4.45+18.5)²) / (c + k×4.45²) = 5.0 / 3.0

これを解いて k/c = 0.00135 です。

表の値は、無風で目標ペース v₀ を出すときの P を求め、同じ P のまま風 w での v を数値的に解いて、1000/v − 1000/v₀ を秒/km に直したものです。集団の効果は、k に (1 − 低減率) を掛けています。

c は比なので 1 と置いて構いません。表計算ソフトのゴールシークでも同じ数字が出ます。

雨の日に、走り方として変わること

雨は、風ほど速度そのものには効きません。効くのは体温路面です。

体温については、装備の問題なので持ち物チェックリストにまとめてあります。透明ポンチョ、綿を避ける、ワセリン、低体温症といった、大会公式が案内している内容をそちらに集めています。走り方の側で言えることは、濡れたまま止まらない、それだけです。給水やトイレで立ち止まる時間が、晴れの日より高くつきます。

路面は、思っているほど恐れなくていい場合があります。筆者は雨のアスファルトで20km走りましたが、グリップは問題ありませんでした。ただしこれは1足・1回の実測で、シューズによって差が出るところです。マンホール、白線、橋のジョイント、コーナーの内側は、どの靴でも滑りやすくなります。

中止・短縮の判断は、自分でしない

雨風が強い日に、大会が中止や距離短縮を決めることがあります。この判断は主催者のもので、参加者が「行けるはず」を作る場面ではありません。

同じことが自分の体にも言えます。低体温症は、つくばマラソンの大会補償制度で急性心疾患や熱中症と並ぶ特定疾病として挙げられています。晩秋のレースでそう扱われているという事実は、冷えが軽い話ではないことの傍証になります。

走れる状態でなくなったら止まる。風の日のペース設計より先に、これが前提です。

よくある質問

向かい風の日は、目標タイムを下げるべきですか?

「下げる」というより、当日は時計で判断しないほうが確実です。風上区間は強度(心拍・呼吸)で走り、通過タイム表は「今日どれくらい落ちているか」を測る基準線として使います。結果としてタイムは落ちますが、それは正しく走った結果です。

往復コースなら、向かい風と追い風で相殺されませんか?

されません。空気抵抗は体に当たる風速の2乗で効くため、向かい風で失う量のほうが大きくなります。本記事の計算では風速2〜8m/sの範囲で1.6〜4.2倍でした。往復しても、トータルではマイナスが残ります。

集団に入るとどれくらい楽になりますか?

風の強さ次第です。 本記事の計算では、5:00/km想定で無風なら1〜3秒/kmですが、向かい風8m/sで0.9m後方につければ約30秒/km戻ります(単独の損43秒の約7割)。距離も効き、3.65mまで離れると効果は半分以下になります。

雨の日はシューズを変えたほうがいいですか?

一概には言えません。筆者は雨のアスファルトを20km走ってグリップに問題を感じませんでしたが、1足での1回の実測です。それより確実なのは、マンホール・白線・橋のジョイント・コーナー内側を避けることです。

免責・情報の鮮度について

  • 空気抵抗のエネルギーコストが「中距離のスピードで全体の7.5%、スプリントで13%」であること、酸素摂取量が風速の2乗として増加すること、マラソン速度(4.45m/s)で酸素摂取量が無風3.0 l/min から風速18.5m/s で 5.0 l/min へ増加したこと、1m後方を走ると空気抵抗がほぼ消えて酸素摂取量が6.5%下がることは、2026年9月4日に Pugh (1971) の原著 で確認しました
  • ドラフティングの距離別の低減率(0.9mで64%、3.65mで28%)は Kyle が1979年に発表した値、2人のペースメーカーの1m後方で33%という値は数値流体解析による結果として、同日にMathematical Modelling of Engineering Problems 掲載の論文で確認しました。Kyle の原論文そのものには当たっていません
  • 本記事の2つの表は、上記の実測値から筆者が較正したモデルの出力であり、実測値でも文献の記載値でもありません。計算方法・較正・限界は本文に書いています。較正係数を±30%動かすと答えが±3割程度動くこと、予報の風速(地上10m・10分間平均)と体が受ける風が違うこと、風向き・体格・ウェア・集団を織り込んでいないことも本文に明記しました。個人の秒数を確定する用途ではなく、オーダーを掴む用途で使ってください
  • 較正の妥当性は、求めた係数が原著の別の記載(中距離7.5%・スプリント13%)を再現することで確認しています。ただしこれは同一論文内での整合であり、独立した実験による検証ではありません
  • 気象庁の「風速」が地上約10mでの10分間平均、「瞬間風速」が3秒平均であることは、同日に気象庁の予報用語(風)で確認しました
  • 低体温症がつくばマラソンの大会補償制度で特定疾病に挙げられていることは、レース当日の持ち物チェックリストで確認済みの内容です
  • 雨天のグリップに関する記述は、筆者が2026年8月30日に雨のアスファルトで20km走った際の実測(1足・1回)です。一般化できる範囲は限られます
  • 本記事は医学的助言ではありません。体調に不安がある場合や、当日の天候判断については、大会公式の案内と医師の判断に従ってください

更新履歴

  • 2026年9月4日 ─ 初出。Pugh (1971) の原著にあたり、マラソン速度での実測酸素摂取量からモデルを較正。較正係数が原著の他の記載(中距離7.5%・スプリント13%)を再現することを確認したうえで、風速別の落ち幅と、ドラフティングの距離別(Kyle 1979 ほか)に戻る量を計算して掲載した

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